灰色の雲が空を覆っており、その隙間から青空がのぞいているような天気で、
時折、小雨が降ったりする一日でした。
数か月間、利用を休まれていた利用者さんは、それまでと変わらずに
元気に挨拶をしてくれました。
ある利用者さんは、庭に咲いていたという彼岸花を摘んで、持ってきてくれました。
朝のテーブルには、大きく花開いたものと蕾のままの彼岸花が水が満たされた瓶に挿されていました。
まじまじと見た彼岸花は、とても幾何学的で繊細なものでした。
ご飯おいしいっけと、顔を紅潮させて報告してくれた利用者さんもおりました。
今日は、鮎ご飯と、あけびの味噌炒め、今年一番の柿が、御膳に並んでいました。
検食だった私も、美味しいご馳走にありつけたわけで、あっという間に食べてしまい、
おかわりしたい利用者さんもいるんじゃないかなと、思っていました。
利用者さんの自宅に打ち合わせで訪れると、大きなころっころとしたぶどうが待ち構えておりました。
それはそれは今年一番の味でした。
送迎で利用者さんの家に到着すると、ベッドの上に毛並みが綺麗な猫が丸くなって寝ていました。
しょうがなく起こしてやると、しばしこちらを睨みながら、しぶしぶと場を明け渡してくれました。
書き起こさないと思い出すことなどないのではないかという、
今日の些細な出来事でした。
とうとう10月です。
人生塞翁が馬
今日のことわざです。
よく耳にすることわざですが、幸福が転じて不幸な出来事になることもあるし
不幸だと思っていたことが、幸福な結果に繋がることにもなるという
何が幸せや不幸の鍵になるかわからないという例えなのだそうです。
ことわざの名前から、全てを理解するのが難しくしばらくしたら忘れてしまいそうです。
どんな由来があるのかというと、うろ覚えですが、こんな感じだったと思います。
自分の馬が逃げていって不幸だと思っていたら、
素敵な雌馬を連れて帰ってきて幸福だと思った。
そうして雌馬に乗ってみたところ振り落とされて足を骨折してしまって不幸になったと、
その後、戦争が起きて若い者は徴兵されてしまったが、
その者は骨折のおかげで徴兵されず命を落とすことはなかったと。
まぁ、そういうことなのだそうです。
皆さんにとって、塞翁が馬な出来事はありましたでしょうか。
本日が、平成26年度9月の最終日となりました。
そんな仰々しい朝のご挨拶を致しまして、今日が始まりました。
本日のことわざは、このようなものでした。
「歳々年々人同じからず」
この言葉の意味を知って、私はとても感慨深い気持ちになりました。
花や自然は毎年変わることなくその姿のままであるけれども、
人の顔ぶれは毎年毎年変わりゆくものである。
という、人の世のはかなさを例えたものです。
笑和感のような通所のデイサービスに来られる利用者さんは、
元気に笑われていた日々が記憶に残っていたように、過ごす時が長くなるにつれ、
体調が少しずつ変化していきます。
そして必ず避けられない別れがあり、それと同時に新しい出会いも生まれます。
毎年、毎年の今を確認すると、そこにいた人、いまいる人、
同じ場所なのに、それだけでも、違う場所のように感じることがあります。
今、この時が、皆さんにとっての時間です。
ですので、今日の9月の最終日を迎えるに至り、ここに顔を合わせた皆さんは、
この平成26年度9月30日を締めくくるに至った方達なのです。
午後から、利用者さんの誕生会が行われました。
花束とお祝いの色紙をとても嬉しそうに受け取られて、皆さんで歌を歌って拍手をしました。
御祝いの席となった本日は、笑顔で締めくくられたと思います。
今日のことわざは、笑和感にぴったりのものでした。
笑いは人の薬
笑うということは、心と体の健康に役立つということです。
毎日、たくさんの笑いが生まれる笑和感には、
このことわざ通りですね。
本日の暦に書いてあることわざを、毎日の挨拶で紹介するのが日課になっておりますが、
今日のお題は、皆さん一度は聞いたことのあるものでした。
情けは人のためにならず
どのような意味かというと、たいていの人ならこう答えるかもしれません。
情けをかけることは、その人のためにならない
というようなことを、読んだままのイメージとして答えるでしょう。
なるほど、別にわからなくもない意味かとは思うのですが、
実は、これは本来言わんとしている意味とは違うようです。
本当の意味は、このようなものでした。
情けは人のためではなく、いずれは巡り巡って自分にかえってくるものだから、
誰にでも親切にしてあげたほうが良い
というのが、本来の意味だそうです。
ふ~ん、そうなんだ。
日本語って複雑
そう、思った今日この頃でした。
利用者さんから、室内に置いてある観葉植物の名前を聞かれました。
ですが、満足に花の名前も知らない私が、観葉植物の名前を知っているわけでもなく、
植物に詳しい職員に聞いてみると、すぐに返事が返ってきました。
シュロチク(棕櫚竹) と、いうのが、その植物の名前でした。
聞いたところで、竹の一種なのか?と、初めて耳にしたように、驚いたところです。
これは、忘れてはいけないなと、その鉢に、テプラ―でしっかりと名前を貼っておきました。
利用者さんには、
「今日は、ひとつ頭がよくなった」
と、笑って報告したところです。
かつてお世話になっていた利用者さんのご家族さまより、
鉢植えに植えられていたアケビを持ってきてくださいました。
実が、20個近くもぶら下がっています。
一番目立つ、玄関先に飾らせて頂いておりますので、是非見てみてくださいね。
利用者さんと一緒に、ドライブに出かけてきました。
見事に咲き誇る彼岸花を眺めて、山の頂上の展望台へと向かいました。
寒河江市を一望できる風景に、利用者さんはたいそう感激しておりました。
今日の午後から、陵西中学校の3年生の生徒さんが、施設ボランティアということで、
20名近くの生徒さん達が、笑和感に来所してくださいました。
こうした生徒さん達を受け入れるのも、今年で3度目となりました。
遠慮なく頼んだりして、お手伝いをお願いしました。
それは、施設周りの清掃作業であったり、

最後に、生徒さんから、合唱と花の贈り物を頂き、利用者さん達も、
しんみりと聴き入っておられました。
楽しい時間もあっという間に終わり、帰られる生徒さん達に、
利用者さんから挨拶と大きな拍手が送られていました。

本日は、秋分の日で国民の祝日です。
実に、秋晴れが気持ちよく、暖かな光がそそがれていました。
お出かけ日和で、お休みのご家庭は、どこに出かけるのだろうと、
羨ましげに車を走らせておりました。
慈恩寺の道路沿いに、彼岸花が咲きはじめているのが、目につきました。
毎年、この時期に見られる光景で、人の手入れも入っていないのに、
決まった時期に、自然とそういった環境が出来上がるのが、凄いと思っています。
笑和感の土手沿いにも、自然とこうした環境が出来上がればいいんですけどね。
彼岸花は、出ないのですが、アスパラやわらびは、毎年土手沿いに、顔を出しますけどね。
今日のお昼ご飯には、お彼岸ということで、ぼたもちが振る舞われています。
あんこ、ぬた、納豆(もしくは、きなこ)の、3種が御膳に並べられていました。
利用者さんも、ほくほく顔で、ぼた餅に舌鼓を打っておられました。
驚いたのは、少々心もち穏やかでなかった利用者さんが、
ぼたもちを目にしたとたん、さっと手を出して、おいしそうにむしゃむしゃ食べられたことです。
「ご飯食べね!」
と、おっしゃられていたのに。
それほど、ぼたもちは、なによりのご馳走だったんだと思います。
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